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サムライ魂といびつな武士道の歴史考察

小学生からサッカー部のサッカー好きとしてW杯を楽しく応援していた。
小学校4年からやっており、中3の頃にはサッカー部顧問に褒められる程度ではあったが、そんな話はどうでもいい。

ましてスポーツに政治思想は関係ないのでブログの初記事としては違う切り口から入る。
この際は愛国とか関係なく、こういう時は狭い心で敵である外国をののしり、日本を応援する。
するのです、というか自然としてしまう。

そういうわけで楽しく観戦した。コロンビアに勝ち、セネガルに引き分けた時、まさかと・・・。
これは思いもよらぬことになった!とポーランド戦を見ていたが・・・、

そう。その話題。

終了間際、大ブーイングの中で行われた、長くも果てしない時間稼ぎの後方への逃げ回るパス回し。
あれを是とするか非とするかで世は二分されたが

肯定派は「ルールの範囲内」 「ドーハの悲劇を経て日本の戦略は成熟した」
否定派は「卑怯である」 「サムライの精神にもとる日本の恥晒し」


個人的な意見を申しますと、そして人は記録より印象が記憶に残る。
世界に対しては、これ以上ないほどの最悪な印象であろう。

スポーツは政治や戦争と違うものだと考えたい。

つまり、あらゆる不正や不平等にあふれている世の中にあって、スポーツだけは違うものだと思いたい。

ラグビーの話をしましょうか? たとえばボールを奪い合う密集において、絶対の勝ちにこだわるならば、こうすればよい。
つまり相手の主力の頭部なりを偶然を装いつつ踏んだり蹴飛ばしたりして退場させればよい。
これもルールの範囲内。


そんな話は聞いたことがない。

ただし、それらと同列にあのパス回しを言うのも酷ではあるかな?
というのも、ああいう時間つぶしは昔はよく行われていたからである。

しかし世界的流れとして、最近は大分フェアプレーにうるさくなり、汚いとされるプレーへの批判は高まっている。
フェアプレーポイントなんて昔は無かった。
そして、その今と言うときに、あの後方へのパス回しが行われた。
世界の日本のチームを見る目は冷たい。
世界の報道は日本批判一色となった。

あと否定派から出ているサムライ云々。

サムライって何?
正々堂々と、実利より礼と義と名誉を重んじる誇り高き戦士?


武士道などというものは江戸期の半ば不労所得をむさぼっていた、泰平の世にあって、闘わないにもかかわらず、刀を手放そうとしない、虚構である。

本当に武将が強かったのは戦国時代。
この時の武将は、平時は田畑を耕し、戦争になると武器を取って戦う半分お百姓さん。

だから“兵糧攻め”とか“水攻め”とか卑怯極まりない。今に伝わる武士道精神はかけらもない。
そして卑怯の極致と言ってもいいのが、“刈り働き”“焼き働き”と呼ばれたものである。

攻め込む予定の敵地に、攻め込む前に、収穫直前の田畑を、カラスを追い払う案山子しかいないその田畑を、夜陰に紛れて襲う。
焼いたり刈り取ったりして逃げる。これをやられると敵は戦う前に実にやる気を無くす・・・。そりゃ無くしますわな。
そんなことまですれば勝つかもしれませんが、今に伝わる武士道精神はそこにはない。

ただし戦国期の日本は世界最新の鉄砲の装備率も高く、豊臣秀吉などが世界を手中にした無敵艦隊を率いるスペインのフェリーペ二世を小馬鹿にした書状を送るほどに強かった。
もしスペイン軍が日本に上陸したら、何をするかわからない国民皆兵の戦国武士たちにやられたであろう。

最強の何でもありジャパン!

そういう言い方も無いが、それが当たり前の時代ならそうするほかないが、それはそれとして、それなら強そうである。
生涯無敗の宮本武蔵もかなり卑怯とはいえよう。

では“サムライ云々”という武士道とはどこから来たのか?
言い出したのは幕末の万延元年の山岡鉄舟。しかし当時の人はそんな言葉はあまり知らず、武士は公務員のような事務仕事をしながら、しかしなぜか帯刀している人たち。

無敵の江戸旗本八万騎などといいながら兵力に劣る薩摩や長州の半分お百姓さんが入った軍に逃げまどい、押され、ついに無血降伏したのが武士道の体現者であるはずの、儒教に詳しい江戸の武士。

では強くて人間としても徳の高い武士はいないのか?
それは『武士道』を著した新渡戸稲造の理想像の中にのみあった。

この『武士道』は英訳を目的とされたことに注意。それは当時の時代背景として、世界の認識として
「宗教の無い国は未開の蛮族」
という西欧の常識があった。

当時の日本には、残念ながらそういうものがなく、(神道のようなアニミズムやシャーマニズム宗教は蛮族の特徴とみなされた)
このままではその未開人のように思われてしまうとの彼の危機感から、『武士道』は書き下ろされ、翻訳され、日本国民はこのような格調高い高貴な民族であると吹聴したのである。

新渡戸 武士道

“武士道”なるすべては新渡戸稲造の「ウソ」と言えばそうも言えるし、控えめに言っても「大げさ」「紛らわしい」

その程度のものだから、サッカーであれ野球であれ、「ジャパン」などといわれると、私は負けそうな弱々しい感じを持ってしまう。
その武士道の歴史を考えると弱々しく思うというより、そんな人間離れした気高くも強い、歴史には存在しないサムライなるものになろうとしたら、選手が逆に固くなりはしないかと心配になるのである。

サッカーの話から武士道の話になった。
武士道。素晴らしい。誰かが個人的に武士道の道を邁進しても一向にかまわない。
ただ日本国民は古来より武士道の精神で生きて来たという話しにはのりたくない。

最後にウィキペディアAから武士道に関する主な記述を紹介、転載する。

明治時代以降の武士道の解釈

明治維新後、四民平等布告により、社会制度的な家制度が解体され、武士は事実上滅び去った。実際、明治15年(1882年)の
「軍人勅諭」では、武士道ではなく「忠節」を以って天皇に仕えることとされた。ところが、日清戦争以降評価されるようになる。
例えば井上哲次郎に代表される国家主義者たちは武士道を日本民族の道徳、国民道徳と同一視しようとした。

新渡戸はキリスト教徒の多いアメリカの現実(人種差別など)に衝撃を受け、同時にキリスト者の倫理観の高さに感銘を受けた。
新渡戸は近代において人間が陥りやすい根っこにある個人主義に対して、封建時代の武士は(封建)社会全体への義務を負う
存在として己を認識していたことを指摘している。無論これは新渡戸の考えである。
同時に新渡戸にとって武士は国際社会において国民一人一人が社会全体への義務を負うように教育されていると説明するのに最適のモデルであったとするのが今日の一般的な見方である。
そのため彼の考えを正当とされるよりも、批判がなされることもあった。

新渡戸を含めたものたちにとって日本の精神的土壌をどのように捉えるかは大きなテーマであり武士道はその内の検証の一つとされている。正宗白鳥は短編の評論『内村鑑三』(昭和25年(1950年))の中で、自分の青年期に出会った内村を心の琴線に触れる部分はあったが概してその「武士道」の根太さが大時代な分だけ醒めた視線で見ていたと率直に表現している。

※右翼界隈の方は古くは三島由紀夫、そして江藤淳氏、西部邁氏とよく自殺されるが、面白くその話しを聞く耳を持っている私としてはいささか残念に思う。

ところでサッカーは日本が敗退した今となっては、通常モードに切り替えて、少年のころからのひいきチームの
ブラジルを応援する。

                                      
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プロフィール

keita

Author:keita
メディア、コンサルト会社勤務を経て独立。
執筆ば大手雑誌や小さな新聞にペンネームで記事をたまに。

じっくりと歴史や政治経済のあるべき姿を丁寧に書いていきます。
更新不定期。

過去に10,000部弱の人気メルマガとなったネタもたまに掲載予定。メディア、コンサルタントの視線からもう一度日本の原点回帰の土台になりたいと考えます。

趣味と実益を兼ねたブログにしたいところでしたが、調べると実益はないらしい。

「俺の言ったとおりだろ?」とこのブログを証拠としたい。つまり趣味。

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