間もなく来る安倍政権の副作用!尻ぬぐいは深刻

今の野党のほとんどは非自民連立政権を経験し、民主党も政権を経験し、そして日本最強のシンクタンクである霞が関にも人脈を持っています。つまり昔のような反対だけを叫ぶ野党ではもはやない。

現野党も民主党政権下では、尖閣問題を経験し、国防問題にも現実的な視点は持っている。
それゆえ非現実なほど浮世離れしているわけではないでしょう。

次の政権が産まれるのはいつなのか、安倍氏三選なのかそれはわからないが、本来なら保守政党がやるべき、たとえば今世紀頭にドイツを復活させたような、最も必要な財政健全化や構造改革、成長戦略には手をつけず、金融緩和と拡張的な財政政策、円安誘導、日銀による株買いなど人気政策ばかりをしました。

これをすると実質賃金は低下し、輸出企業は儲かりつつも、不景気な企業も一息つくことができ、世の中は微温的に落ち着きます。
安倍政権支持の理由の大多数は彼の経済政策への支持だといわれています。

最大の支持理由は、良くはないけども他よりはいいと。
日本は長年低成長とデフレに苦しめられ、過去につけは残すものの、みんなこれらの人気政策によって一息ついているところです。
今年は何とかなりそうだ。この安堵感が今の日本にあり、それが、まあいいかな、という支持になっている。

素晴らしい政策だ、ほぼ満点、と思っている層もいるでしょうが、多くはそうではなく、アベノミクスを麻薬、モルヒネと知りながらも、政策転換されるとまた厳しく辛い思いをすると考え、アベノミクスを消極的に支持しているのでしょうね。

構造改革とか成長戦略によって先進国最低と言われる日本の労働生産性を高めなければならず、これらはたしかに必要ですが、これに取り組むと必ず国民に痛みを伴います。

それはいやだなと。
この雰囲気がアベノミクスへの消極的な支持として安倍政権の支持率を底堅いものにしているようです。
円安にしたところで、海外移転を終えているため、輸出が伸びないことくらい、普通はわかりそうなものです。

次の政権は別の自民党政権であれ、人気のない不景気な管財人になるのか?
あの方は八方破れなほどに吹かしたあげく、物価目標は達成できぬまま、いつの日か退陣することになりそうです。

次の政権は大変ですね。なんてことでしょうねえ。
安倍政権がやり過ぎたために、リベラル政党が打ち出したい人気政策をとる余地が無くなっています。
あとは出来る範囲で格差を縮める方策が必要でしょう。

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これでモテる!&古谷経衡さんは楽しみ

非モテからの脱出を考える 古谷経衡
~ASREAD より~

検索しながら偶然たどり着いたのが古谷経衡氏の記事。誠実に考え、また感じる能力も高くて、かつ丁寧で分析的で読みやすい。ネット言論については知らない話も多かったので、楽しく読めました。
彼はネットに限らず現実でも過激な右翼としてふるまい、そして今に至る?

記事を概観した感じでは、政局評論家、右翼左翼評論家という趣を感じましたが、今後、その道を行くなら政治学という学問をしっかりと学ぶといい。そうすれば、難しい話を記事をひけらかさないまでも、より重く、含蓄のある方向へ行くのでは、という感想。

今の時点で保守タカ派ならそれはそれで・・・。十年後にどうなるかもまた楽しみです。

古谷経衡氏 wiki

最上段の記事から大学時代に自分の非モテぶりに悶絶したありさまが、生き生き?と描かれていて、また繊細な感受性と真面目な人柄が伝わり、感心して読みながらも、その人柄にとても好感を持ちました。

また個人的なものではなく、多くの今の大学生にこういう人は多いのかなと、以下引用。


当時の私は、郡部から上京してきた右も左も分からない冴えない男が、表参道とか代官山とか下北沢とかに意味もなくこだわるのと同じように、サークルに入りさえすれば何かしらの異性との接触が有り、「非モテから脱却できる」などと簡単に考えていたのが運の尽きであった。

 繰り返すように、大学入学までに異性とのコミュニケーション・スキルの向上という分野に、全く傾注してこなかった私に、「非モテから脱却」などという大それた荒業ができようもない。

 土器や矢尻しか作ったことのない未開人が、突然タンカーを建造できるようにはならないのと同じだ。人類の文明や科学が順を追って発展したと同じように、大学に入ったから突然なにかが変わるわけがない。その当たり前のことに、当時の私は気が付かなかったのだ。

 案の定、たちまち孤立した私は、松岡洋右外相のようにすぐにサークル脱退を宣言し、または点々と入退部を繰り返した。最終的にはヤケクソのようになって「合コンサークル」みたいなところに入った。いつぞや問題になった早大の「スーパーフリー」まで過激ではないが、全員が毎日毎時毎分セックスとナンパのことしか考えていないようなぐうたらな連中ばかりだった。

 郷に入りては郷に従えで、そこの部員と一緒に徹底的に他大学の学園祭に繰り出してはナンパを繰り返した。実際、20,30校は行ったかもしれない。
 しかしナンパ師でもない私にその才能があるわけもなく、生来の気弱さとコミュニケーション・スキルの低さから、そこでの成功率はマリアナ沖海戦における日本軍機の魚雷命中率より劣悪なものであった。自分には「非モテからの脱出」なんて無理だろうと観念した。


とっても面白い。

結論を言うと、女は男のひるみを完璧に洞察するのですよ。
男がひるんだら、女には恋の対象ではなくなります。
女は自分に好意があるのは良しとしても、自分を見上げるような男には関心を失う。

女性への特別なコミュニケーションスキルなんていらない!といえば極論ですが、そんなことばかり考えていると墓穴を掘るというわけ。そんなことをするのは自信の無さであり、極端に言えばそれをひるみという。

とはいえ、ノウハウが無効かと言えばそんなことは無いようで、私が担当したその手の恋愛マニュアル本を、ルックスはいいにもかかわらず、今一歩の決定打に欠けたため、不発な学生時代に終わった友人に謹呈したところ、

「社内相手にやっちゃった。結婚しないとマズいかな?」

と彼から電撃的な連絡が来たので、どうやら効果はあるらしい。

ただその本の内容は、古谷氏の授かったノウハウのような、「服装」や「髪型」なんてものはありません。そんなものでモテるわけないでしょ?

みんな異性を前に固くなるから自滅するんです。
ズシリとしていればいい。

女性はなんらか、うわ手なものを男に求めてしまう。これは男女関係の古来からの宿命でしょう。
主に二つ。「知性」と「腕力」。これが相手よりあるなら、自信をもって山の如く。これがないなら、作戦変更でしょうね。

上の引用からわかるように、今は大丈夫でしょうけど、古谷氏は完璧にひるんでいたようです。地方都市から出て来たようですが、そのことも怯みに拍車をかけたようで。

田舎者?これも勝手な自滅です。気にしなければいいのに。
地方から出てきた若者に多いのですが、それが昂じると、なんかのファッション雑誌から出てきたような、都会なるものに過剰適応した人になっちゃうことがよくある。

そもそも、雑誌などのファッション関係の人には田舎から来た人が多いです。先端の流行のお洒落なるものは、都会の人の日常にあるというより、田舎の人の空想の中にある。

古谷氏は凄い髪形ですね。服もそうだけど、なんかホストみたい。その理由も分かったような・・・。
今となっては、あれはモテたくてそうしているというより、キャラを立てるための芸風なのでしょうけど。

政治話のジャンルが切り口が彼ならでは、なので、とても面白かった次第ですが。

別に大口をたたくような権威ではないですが。

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枝野小沢会談の中身 原発と野党結集へ

枝野幸男氏と小沢一郎氏が公開で話し合った
(小沢一郎と枝野幸男が語り合う AERAより )

政治を変えたいという二人意志が伝わりとても面白い記事でした。
野党を見ると野党を糾合できる重みのある人は、すでに総理経験者だったり等、すでにリタイア感があり、この方しかいないのかな?
2人はやがて原発の話に。

日本国民の7割以上が原発を嫌っている。この争点なら、国民の世論はほぼ統一されており、表立って異論を言える政治家はいないだろう。

そこに小泉親子や小沢一郎が寄ってくると面白い。河野太郎はいち早く脱原発を表明したらしく、ここでどう出るか。

やはり政治家なら有権者は怖いでしょう。いくら自民党でも、落選の危険を感じたら党執行部に対して手のひらを返すだろう。

自民党の悩みは一連の政権の不祥事とともにこの「原発問題」なのではないか? そして政争の話を抜きにして、この問題にいち早く決着をつけてほしい。もちろん原発推進などはありえない。

脱原発の道筋を、何年かけてどうやるのか? それを一国民として、早く示してもらいたいと思う。

ところで

話は変わって、この間、インドへの原子力発電所参加が決まったが、「インド原賠法」というインドの国内法があり、事故があれば、巨額の賠償が日本のメーカーに課せられる。事故の程度によってはメーカーでは払いきれず、公金を出すことにもなりかねない。つまり儲かれば財界が潤い、事故が起きたら国民負担。

そもそも今の東芝のあの惨状は原発事業の失敗によって起きたものだ。アメリカでチョロッと不具合が起きたことで、7000億円を超える赤字が出た。また何かチョンボをしたりして・・・と思うのは杞憂であろうか?

ご存知の通り原発は時代遅れであり、この世界的な流れの中で、なおも推進するのは、破格の財界優遇なのではないか? そもそもお金の問題ではなく命の問題。一つ事故があれば取り返しがつかず、その被害の程度によっては賠償額は天文学的に跳ね上がる。インドの原発事故でドジなメーカーが潰れましたね、ですむ話ではない。

原発メーカーはもう日本に原発を作れなくなっている。それがこの輸出の背景であり、だから海外へ事業展開したのだろう。事実、日立は喜んでいる。それ以外のどんな憶測もあり得ない。

長くなるのでこの記事をどうぞ。
「東芝・WH問題」が蒸し返すインド「原子力発電」の問題点--緒方麻也

本当に大丈夫なのだろうか?

我が国の総理は、インドに於いて、にこやかに「日本は世界一の安全技術を持っている云々」と語ってきた。

こういう事の良し悪しは、あとで結果論で語られるが・・・ここでこれをやりますかね?
フクシマ、そして東芝・・・。

ひたすら安倍晋三総理と日本の原発プラント企業の笑顔だけがまぶしい。

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枝野さん、浅い右翼思想を見抜かないと

立憲民主党の枝野代表「リベラルこそが保守」
その通りだと思います。

昭和の自民党は国民みんなが購買力のある一億総中流を実現させ、内需を拡大させて日本を高度成長に乗せました。
当時の最高税率は所得税と住民税を合わせて90%強。
ちなみに今の最高税率は所得税+住民税で55%。

いつ襲ってくるかわからない強大なソ連と対峙する緊張状態の中でも、アメリカの軍拡要求に対して憲法九条を口実に増強を断り、金銭的人的あらゆる資源を、軍事以外の民生品産業に集中させて最強のmade  in Japanを作り上げました。
伝統的に日本の政治はリベラルなのです。

岸元総理の清和会のような軍拡タカ派は自民党本流ではなかったといえます。
ところで気になるのが以下の枝野氏の「保守」認識


壊滅的にみえる「リベラル」は自民党に勝てるのか。枝野幸男氏の答えは…~(HUFFPOST)

——枝野さんは「リベラル」をどう定義していますか。

多様性を認めて、社会的な平等を一定程度の幅で確保するために、政治行政が役割を果たすという考え方です。これは、かつての自民党そのものです。だから、保守とリベラルは対立しないんですよ。

——では、「保守」の定義は。

歴史と伝統を重んじて急激な変化を求めない。積み重ねた物を大事に、ちょっとずつ世の中を良くしていく考え方ですよね。

——枝野さんから見て、今の自民党は「保守」ですか。

安倍さんの自民党は保守ではないですよ。これこそ、革新ですよ。申し訳ないけど(自民党の)安倍さんも(希望の党の)小池さんも保守ではない。

——枝野さんが大事にしたい「保守の伝統」とは。

「和を以て尊しとなす」。まさに日本の歴史と伝統といったときに、一番古い、そして一貫している日本社会の精神です。

「和を以て尊し」だから、多様性を認めているんですよ。日本は数少ない多神教文明ですからね。唯一絶対の価値ではないんです。日本社会は、もともとリベラルなんです。


※2017年10月09日 ~壊滅的にみえる「リベラル」は自民党に勝てるのか。枝野幸男氏の答えは…~(HUFFPOSTより抜粋)

大いに疑問です。「和の精神で多様性を認め合っていた」なんて時代は、いったいいつの時代の話でしょうか?
聖徳太子のその言葉、「和を以て貴しとなす」は、今までのこの国にあまりに、その「和」が無かったから言ったのです。

そして聖徳太子が、そんなありがたいお言葉を言ったところで、その後も、骨肉の争いの壬申の乱という大乱が起き、その勝った天武天皇は古事記の編纂を命じて国を安定した統一国家にしようと努めたにもかかわらず、以降争いの歴史は続きました。

藤原氏は天皇家を揺さぶり続け、武家の争いが起き、源平合戦と続き、あげくは南北朝の争い、応仁の大乱と続いて、次は和の精神の真逆の極致! 戦乱相乱れる戦国時代。

それでもまだ争いは続いて、関が原や大阪の陣。つまりいつの時代も争ってばかりで、安定期すら、パワーバランスがたまたま均衡していたとか、あるいは強大な権力で抑えつけていただけ。国内はいつも緊張しっぱなしです。

江戸時代に安定を見ましたが、あの封建的身分固定制度の抑圧的な安定から 「多様性を認め合った和の精神」 を見て取れるでしょうか? さらには幕末にやっと「公武合体」しただけで、長らく朝廷と幕府の仲は良くありませんでしたし・・・。

日本において国民が団結したのは明治時代から第二次大戦のころまで。しかもその体制下で多様性は弾圧されています。

あの時代は、近代国家が帝国主義の下で、食うか食われるかの野蛮な侵略戦争をしていたため、日本に限らず、プロイセンもナチスもソ連もフランスもイギリスもアメリカも愛国的に団結しており、それを「和」というならば、特に日本特有のことではありません。

「多様性を認め合う和の心」に貫かれた伝統的な日本の保守精神なんてものは歴史上、無いのです。

常に新しい時代に即して、どの国もその姿を変えていきます。そのあり方は常に新しく革新的でダイナミックです。
明治維新も革命的に誕生しました。

日本古来の伝統を守る保守、なんて言われるとたいそう大きなものに見えますが、それは影のような虚像です。
今の保守に人気の故岸信介総理も、そんなものは信じていないと思いますが・・・。常識でしょう? 普通に考えてください。


野党第一党の党首も時代の流行にのまれたかな? 今の保守は、枝野さんがおっしゃる通り、そんなに底が深くないんです。だから私は間もなく馬脚を現して終わると言っているのです。

天皇家が存続したのは、外国のような絶対権力を持った皇帝ではなかったからでは? つまり権力者にとって倒す理由がない。
それでも狙われており、道鏡、足利義満、織田信長・・・・。

2017年10月25日 - 衆院選比例代表の得票数は23日夜、確定した。得票総数は5575万7552票。党派別の得票数は次の通り。 自民党1855万5717票▽立憲民主党1108万4890票。公明もリベラルというなら、さらに上乗せされます。
リベラル支持はこんな状態でも根強い。急造の未知数の党にこれだけ票が集まった事実は自信をもっていい。

前原さんも小池百合子さんも、もっと国民が右傾化していると思ったのでしょう。このブログランキングをみるとそう誤解するかもしれません。しかしそうではなかった。国民は今の政権に何か厭なものを感じており、その数は予想外に多く、リベラルを望んでいた。

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超格差!36億人と富裕層62人が同資産総額

1876年のロンドン
                                                   (写真は1876年のロンドン)
「世界に男なんて星の数ほどいる」とブルゾンちえみさん。
同様に、世界の下半分の人達も星の数ほどいる。
その星々がバス一台の定員に負けた。

少し意地の悪い聞き方で人に聞いてみた。
「世の中は凄い格差社会。では、世界の下位50%の総資産合計は上位何%が持っていると思う?」
「凄いというくらいだから1%をきるんじゃないかな」

完全にひっかけた聞き方である。1%なら7000万人いる。世界の現状はもっと深刻で62人である。
これは貧困撲滅に取り組む国際NGO「オックスファム」の調査。
世界ので最も裕福な62人が保有する資産は、世界の人口のうち経済的に恵まれない下から半分にあたる約36億人が保有する資産とほぼ同じだという。経済格差が拡大しているとしており、彼らは各国政府に是正への取り組みを呼びかけており、世界の多くのメディアがこの情報を発信している。


写真をアフリカにすべきかと思ったが、アフリカはもう数年前のアフリカではない。
ケニアの首都のナイロビでは車が町を普通に走り、高層ビルも普通に立っている。
そして、彼らは少子化で悩んでいるわけでもなく、むしろ人口爆発であるから、治安を良くし、国民の教育を高めていけば、元々の賃金が先進国より安いので、外資が工場を建設するなどして進出し、順調に成長していくことだろう。

ただ、アフリカと言っても広いので、昔ながらの貧困の風景はあるのかもしれないが、それもグローバリゼーションの進展により彼らを豊かにしていくだろう。

世界は平準化していく。豊かな国の賃金は下がりやすく、貧しい国は発展しやすい。これが今世紀の公式である。

アフリカの貧困はそれとして問題を抱えているのだろうが、「先進国の貧困」「日本の貧困」がより社会問題化すると見ている。
こちらは夢も希望もない。アフリカは夢と希望がある。
「世界は平準化する」つまり新興国は上がり、先進国は生産性の高い先端領域を開拓できなければ落ちていく。

世界で最もいらない人間は、もちろん本来はいらない人間などはいないのだが、では言葉をかえよう。
市場価値が最も低い人間と表現しようか。それは・・・、先進国の平均的な庶民である。
世界の基準からすると、やっていること、能力の割には、これでもまだまだ賃金が高い。

この問題の根は深い。これは移民を入れずに関税を上げれば解決する問題ではない。ただこの話題を続けるとトランプ大統領の話になるので今回は避けたい。

先進国の貧困を考えていこう


OECDの貧困率

いかにして無成長日本は未来を乗り切るのか?

同じ価値の労働を新興国の労働者がより安い賃金で行い、そして製品を作り、日本はそれを輸入する。BRICSの次はベトナムやインドネシアか?すると日本もコストを下げざるを得ず、その結果、今後にわたり、賃金は下へ下へと押し下げられる。

それは賃下げにとどまらず、職を外国人に奪われる人も出てくるかもしれない。ま、出るだろう。そして奪うのは移民とは限らない。
日本に輸出する製品を作っている外国の低賃金労働者も日本人には脅威である。
安い輸入品に負けて潰れたり、価格を下げるために賃下げをしなくてはならなくなる。

そうなると柔軟にセーフティネットを敷いて救っていく国家でなければ国が壊れてしまう。
ということで、将来はともかく、今の社会保障は他の先進国と比べてどうだろうか?

社会保障支出に関しては、日本はドイツ、フランス、スウェーデンのような大陸EU諸国よりは、やはり格段に落ちる。イギリスとほぼ同じ。ただし内容は大きく異なり、高齢者への支出がずば抜けて多いのが日本。
ここには先陣を切って少子高齢化した日本の社会問題がうかがえる。

ところでアメリカの貧困問題は深い。ハーバード大学といった一流大学の学費総額が日本円にして5千万円。つまり、庶民に生まれたら階級を乗り越えることは無理であろう。

堤未果氏の『貧困大国アメリカ』によると、政府支出の割合以前に、国家の仕組みが1%の富裕層のために設計されており、99%はそのせいで割を食っている。

たとえば、かりに貧しい秀才がどこかの州立大学を奨学金で卒業しても、企業によって一流大学卒と初任給の時点ですでに大きな差をつけられる。そもそも学士をインテリ扱いする国ではない。あの国でエリートになりたいのならバカ高い学費を払い続けて名門私立の大学院を出なければならない。もしそれ以外の道をたどると、医療も満足に受けられない。

そんな学費はない? そうですか・・・、残念でしたね。となる。

最近のアメリカの大都市の大学キャンパス近くはホームレス学生のテントでいっぱいである。

読むほどに陰惨な気分になったことを覚えている。
経済成長が見込めない日本で、あの社会設計になったら、日本の庶民は深刻なことになる。そしておそらくそうなるだろう。

では原題に帰り、話題を世界の超格差問題に寄せていく。
このような有史以来の超格差はなぜ起きるのか。

詳細はのちに譲るとして簡単に言うと

多国籍企業が政府に優越しているのである。
多国籍企業はもっとも法人税の安い国に自由に移動できる。
多国籍企業は法人税が安く市場の拡大が見込める新興国によく移動する。
日本でも利益の過半を海外で出している日系企業は多い。

そして政治は献金やコネクションを通じて富豪が支配している。
それゆえ世界はこんなスーパー超格差社会になった。政治による再分配ができていない。
再分配とは富豪や多国籍企業から多く徴税して、中流以下に配る政治行為のこと。
国によってはもっと再分配すべきところをを、何らかの思想を掲げて、できない以前にやろうともしていない。


愚劣な話だが、アメリカでは大統領選挙で最も献金した人が伝統的に駐英大使になるらしい。
お金さえあれば頭が少しボケていてもなれる。
そんなありさまだから、能力的にあまりにひどくて問題になった駐英大使がいた。

そして、このように政治権力にもタッチできる富豪は海外に逃避もできる。
タックスヘイブン等である。

現代社会に突き付けられた課題は重く大きい。
リベラル派の巨人、アメリカのジョン・ロールズは功利主義 (今でいう市場原理主義) にたいして批判をし、リベラリズムの“正義”を説いた。
別に多国籍企業や大富豪は何も他人の妨害や悪さをしたわけではない。
しかし、そこに“正義はない”とロールズは言うだろう。
また富豪の貯金はマネーゲームの投機資金になるだけで経済の成長にも特に大きな寄与はない。

冒頭のイギリスの昔の写真を見てほしい。これは貧国の写真ではなく、七つの海を支配した大英帝国全盛の時のロンドンの写真である。

繁栄のイギリスは自由を何よりも重んじ、自由放任政策のもと、この風景は起きた。
平等から競争へと舵を切り、あげくとんでもない格差社会を地球上に造ってしまった現代。

今こそ世界的にリベラルの存在が重くなっていくと思うのだがどうであろう?

リベラル界隈の権威の話を持ち出そう。

米国などで保護主義が高まる背景には、経済市場は世界規模だが、民主主義は世界を包括する規模ではなく政治が国家単位にとどまることがある。各国の選挙で選ばれた指導者は国境のないグローバル市場を変えられず、国内に生じたひずみに対処できない。富の一極集中で格差是正は不可能となり、失業や格差にあえぐ人々の不満が増大する。

 液状社会 (※液体のように流動的で変質しやすい社会の意味) では、こうした不満を抱く有権者が、新しい物を欲する「消費者」のように振る舞う。国境を閉じて市場を国内にとどめようと、新たな指導者を「買い」求めるのだ。それがEU離脱を決めた英国や、トランプ氏が大統領となる米国が象徴するポピュリズム(大衆迎合主義)の源だ。 

                                                ~ジャック・アタリ~

アタリ氏はフランスの思想家で元大統領特別補佐官、元欧州開発復興銀行初代総裁
アタリ氏の言葉を汲むならば、経済だけが国境を越え、暴走して様々な問題を巻き起こしている現代は、これを解決する手段としては世界共通の“正義のルール”を作り、違反した国には国連で全会一致に近い形で制裁決議をしたいということか。

モンサントやらカーギルやらといった多国籍企業は、たとえば南米の小さな国の政府より力が強い。
多国籍企業は政府に対していつも強気で居られる。
「雇用を生み出し、税金も払い、さまざまに経済の良い波及効果を産みだす俺様に、あんたら政府さんは何を強気に言っているの?」
「法人税を上げるなら撤退するよ? そうそう、今思った! 上げるどころか下げてくれませんか?」
今や力関係は一方的である。

特効薬があるとは思えないが、もう一度深く考えなければいけない。格差問題は急速膨張的に拡大のペースを早めている。

こんな時代である。リベラル陣営の役割が重くないはずがない。                            

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日銀が隠す深刻な真実 目標未達のまま撤退戦へ

黒田お陀仏


黒田総裁や安倍首相がお陀仏になるのではなく、
「日本がお陀仏」

普通にささやかれていることで珍しい記事ではない。

ところで私に経済を語る資格があるのか?
さほどはない。いや、ない。高3の時に政治経済で予備校模試の成績優秀者にはなった程度。

またもや中途半端な実力だが、高3政経に関しては東大入学に十分な実力であったとしても、やはり、レベルの高い大学で学位を取り、金融機関やシンクタンクでマクロ経済に関する実務を積んだ人。これを最低基準としたい。
この上がたとえば 東大の教授など。だが、はたから見るに彼らにも不安がある。

つまり簡単に言えば彼らはどんなに頭がよかろうとも、理論家にすぎず、実務家ではない。

どれだけ日本国債がヤバいのか? それは日々マーケットと対面している実務家しかわからないだろう。

もうそれは差し迫った現実であり、いかなる理論も虚ろである。私はそう思っている。

その点で注目しているのが日銀の河村小百合氏と財務省の小笠原誠治氏。つまり彼らの言葉が正解だろう。つまり優れた外交評論家は元外交官であって、民間の外交評論家があてになっていないのと同様ということ。

あとは水野和夫氏の未来的な広い構想力も面白い。彼は金融機関での実務の他に、政策顧問として政策にもかかわった経験があり、今はその経験をもとに調査と研究をしている。

金子勝 金融政策

この金子勝教授の話は一般的。さしてツッコむ話でもなく、緩和マネーの破裂が起きた場合等は
「株や不動産の暴落に対して日銀はもはや打つ手はない」
「インフレが起きた場合には日銀には政策的に打つ手はなくなった」

以上の状況に対して前述の元財務官僚の小笠原氏はさらにこういう。
「アベノミクスや異次元緩和はそもそも見込み違いの失敗だった」

~以下転載~
国債の取引が成立しない異常事態
 先日のNHKのニュースです。


 債券市場では、長期金利の代表的な指標になる国債の取り引きが成立しない日が相次いでいます。日銀が、大規模な金融緩和の一環として、大量の国債を買い入れた結果、いわば品薄になっているためで、専門家からは市場の機能の低下に懸念の声も上がっています。

 国内の債券市場では、今月11日と13日に長期金利の代表的な指標になる償還までの期間が10年の国債の売買が一日中成立せず、値がつきませんでした。

 国債の取り引きを仲介する「日本相互証券」によりますと、取り引きが成立しない日は、去年は1年間で2日でしたが、ことしはすでに5日と2倍以上に増えています。

 これは、日銀が5年前から続けている大規模緩和の一環で大量の国債を買い入れてきた結果、市場で取り引きされる国債が大きく減っていわば品薄になっているためです。

 今の金融緩和策は当面続く見通しで、取り引きが成立しない日は今後も増えるとみられています。

 専門家からは「長期金利は国の財政の信用力を見るうえでも重要な指標で、取り引きが低調になると、財政悪化に対する市場の懸念が見逃されるリスクも出てくる」として、市場の機能の低下に懸念の声も出ています。

                                    ~以上NHKニュース~

 要するに、国債市場は死んでしまっている、と。

 市場関係者のなかには、どうせ取引は成立しないのだから、システムを稼働するための電気代が無駄だと指摘する者も出る始末。

 このNHKのニュースでは、日銀が大量に国債を買い上げて品薄になっているので、商いが成立しにくくなっていると言っていますが、それだけではないのです。

 というよりも、日銀が市場の実勢を無視した価格で国債を買い上げるようなことをしているので、こんな異常な事態になっていると言うべきでしょう。

 長期金利、つまり10年物国債の利回りを0%程度に誘導する政策を取っているでしょう?

 民間の投資家からしたら、そんなバカげた条件で国債を保有することなど考えられません。

 だから取引が成立しないのです。

 しかし、今後、何らかの理由でインフレが起きた場合に、日銀はどのように対応するのでしょうか? その覚悟はできているのでしょうか?

 物価が上がらないから超緩和策を取っているのだ、というのがリフレ派の理窟なのでしょうが…仮に今後、インフレが急に襲った場合、日銀としてはインフレを抑えるために今度は金融を引き締める必要があるのです。

 そうでしょう?

 一気に金融を引き締めると副作用が大きすぎるので、徐々にやるとしても、少なくても日銀による国債の購入は控えざるを得ませんよね?

 しかし、そうなると資金繰りに窮している日本政府は、どうやって国債を民間部門に引き受けてもらうのか、と。

 今の国債の利回りは、いわばインチキだと言っていいでしょう。少なくても市場の実勢を反映したものでないことは明らか。

 であれば、仮に、日銀が国債の買い入れをストップしたときには、その意味においても金利は急上昇する筈。

 仮に、金利の急上昇が起きるのを避ける必要があると日銀が判断して、国債の買い入れを継続するとしても、今度は、日銀はインフレを抑えようとする気がないのかという批判が起きるでしょう。

 インフレになれば、その分、消費者の購買力が削がれる訳ですから、国民から大ブーイングが起きることが予想されるからです。

 そうでなくても、余りにも異常な金融政策のせいで、民間銀行の経営内容は悪化しています。

 簡単に言えば、金利が低すぎて利鞘が稼げないのです。

 しかし、金融機関の経営基盤が脆弱では、経済の健全な発展を望むことはできないのです。

 日銀が冷静な判断に基づき、徐々に金融政策を転換することが強く望まれるのです。

                                           (小笠原誠治氏 経済ニュースゼミより)


マズい話である。
まずインフレ局面になれば、当然に金融を引き締めなければいけない。今の日本の金融政策の現状によると、「金融引き締め」とは、まず
「日銀の市中の国債の買い控え」であるということを一点ご理解を。

※異常に資金を恒常的にギュウギュウと市場に押し込んでいる今の異次元緩和の元では、「引き締め」とは市場から資金を引き揚げることではなく、(とつぜんそんなことをすれば大混乱)日銀が市場からの国債買い入れ額を減らすことである。

しかし、それをやろうにも、日銀の異常な低利誘導によって長期国債が0%近辺と、利率があまりにバカバカしく、民間の金融機関が国債を代わりに引き受けるわけにはいかない。これが第二フレーズ。

すると深刻な影響を各方面に与える金利急騰が起きるため (たとえば株式や不動産の暴落が当然起きるだろうし、民間のマネーの循環が悪くなるため景気は急速に悪化しかねない) 日銀は国債の購入を続けざるを得ないはず。

そうなると前に戻る。全然インフレに対して「金融引き締め」にならなくなる。つまり「国債の買い控え」ないしは「国債の買い入れストップ」という「金融引き締め」ができない。

この理屈に対して小笠原氏は「インフレにはならないから・・・今はデフレだから・・・」というリフレ派の言い訳まで想定しているが、
インフレになっても大丈夫、と黒田日銀は言えない段階にきている。

「インフレになりません大丈夫。今はデフレ基調」と黒田日銀総裁。
「でもデフレ脱却のための異次元緩和だったのに、なんだか何を自信満々に言ってんだか・・・」

もういい。

つまりアベノミクスは失敗だった!

少しずつ日銀は市場の国債買取を減らしてきている。


日銀の孤独 日本経済新聞より


いわゆる「ステルス・テーパリング
つまり、日銀は物価目標未達のまま「撤退戦」に入りだしている。この行動自体が、何より日銀が、自らの失敗を認めている証拠なのである。

さらに小笠原誠治氏が続けるところによれば、銀行の経営内容が、将来のインフレ云々以前に悪化しており、市場経済のメイン・エンジンである金融機関がこの調子では、景気回復など望めるわけがないという。

たしかにそうだ。

そして一刻も早い金融正常化をしなければいけないと、この元財務官僚は続けるが、まさに、それが今行われている無言のテーパリングだろう。つまり市場への資金供給量を減らしだしている今の政策は、彼らなりに自信なさげに、モゾモゾともつれるように、一応金融正常化の方向を向いている。

そして転載しなかったが、この元財務官僚は黒田総裁、もうお辞めなさい、と続けている。

しかし・・・安倍政権にはまだ救いはある。今の経済の数字は、決して昔の大口のトーンほど良くはなっていないが、決して悪くはない。
そして政権支持率を見る限り、国民の大多数は、まだ気づいていない。
いずれは何かはきそうだが、おそらく次の選挙までは持つだろう。もちろん、やがては国民も気づくが・・・。

以上、日本の前途には怪しい黒雲が漂っているのである。


あと説明しなくてもここまで書いたことで気づいてほしいのですが、安倍政権と日銀の政策によって、国債の金利はほぼゼロになり、国債をこれ以上激増させる上で民間には国債の引き受け手はなく、唯一の引き受け手である日銀は、金融正常化に向けて、ただ正常化はもう無理だと思うが、国債買い入れを減少させているのが現実。大幅財政出動の原資となる国債を乱発する環境は全くない。

そもそも今財政出動をすることに意味はなく、そして万一仮に、意味があったとしても、できる環境にない。財政を大幅拡大してインフレになったとしても、赤字が積み上がるばかりであり、かつ、投資も消費も増えず、そしてそれ以前に急激なインフレを警戒する局面に来ている。
無理な提言と思いますが。

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安倍政権支持理由で多いのが
「疑惑に関しては、もっと説明してほしいことは多いけど、経済運営はうまくやっている」

どうでしょうか? 金融正常化の見通しはまったくなし。
投機バブルと引き換えに日銀は再起不能? なぜメディアはこんなに重いことをもっと報道しないのか?
現時点で日銀は緩和継続を表面的には主張中 


※あと拙文中の「日銀の国債買取額を減らすことが現代日本の金融引き締めに当たる」etcの表現が適切なのかな。市中の国債を日銀が買い取ることが、量的金融緩和なのだから。

地下鉄サリンと今流行の陰謀論、リベラルの不在の隙間

地下鉄サリン

地下鉄サリン事件が起きた時、人は口々に不思議がった。
「どうしてあんなに学歴の高い頭の良い人たちが、こんな狂気に走ったのか?」


暗記だけ得意なバカっているんだね、という調子になるのはよくある事で、当時もそんな感じだったはず。

今になれば私はわかる。
あの時、地下鉄サリン事件が起きた1995年3月20日以前に、一部の日本人は今までの常識を疑っていたのだ。
ベルリンの壁が崩壊し、共産圏の人々が先を争って西側資本主義陣営に逃げ込んだ1989年11月9日。


その時、共産圏である東側の人々の必死な逃げっぷりが、テレビ画面に映し出され、ドイツ国民は分断の象徴だった、忌まわしきベルリンの壁を、同じドイツ人として東西から共に打ち壊した。

その後、西側に逃げた多くの人が口を破り、秘密に閉ざされた「鉄のカーテン」の内側、秘密警察による監視や処刑の話を語りだした。
秘密のベールに覆われていた、共産国家の明らかな内実が白日のものに晒され、世界はつくづくと共産主義とはロクでもないものだったと思い知ったのである。

その時以来、一部の日本人の中に新聞への疑念がわいた。
それは近代合理主義の結晶であるはずの新聞が、そして日本の東側共産圏との全面講和を主張していたマスメディアが、少し信頼を無くした瞬間だった。

オウムの誕生に『ノストラダムスの大予言』という世紀末滅亡本が原因との指摘があるが、それは認める。大いに認めるが、それに加えて、新聞が主導となってけん引していた、昭和の合理主義体系の崩壊も原因であることを付け加えたい。

(社会党も日本共産党も議会制民主主義の下での政権奪取を目指してはいた。だから一党独裁の恐怖政治を目指していたとは言えないが、過去の紙面を見る限り新聞の論調は東側陣営に大いに好意的であった。それが実は誤報だったのである)



かくして人々の一部は闇にさまよいだした。何が良いのか正義なのかわからない闇に覆われたというのも大げさだが、混沌のような常識の隙間が産まれた。

その人々の一部が宗教に向かった。そして、その宗教とは信じるか信じないかの世界である。
自分が神の姿を見たわけではない。信じたいならそれを見たという人を信じるしかない。神の声を聞いたという人を信じるしかない。そこに検証や疑問という知性の入り込む余地はない。

そういうわけで、考えるほどにわからなくなった一部の知性は、ああ、そんなこともあるかもしれないと、ぶらりとオウムに入ってしまったのだと。

この手の話はユダヤ資本の陰謀とか、UFOもそれである。それがあるのかないのかは検証できない。それを知っているという人に向かって

「何であんたがそんな高度な機密を詳しく知っているのだ?」

とツッコめなければ信じる人も出る。
仮に疑問を持ったとしても、私は偉大だから特殊なんだ、と堂々と言う人にやられてしまえば、もう知性の入る余地はない。

信じる信じないの世界。

たとえば朝日新聞がユダヤの陰謀だとか、神から使わされた救世主が云々など、いうはずがない。
しかし前述のように彼らは信頼を一部無くしていた。

当時のカルトの信者からしてみれば
「何が真実かわからないじゃないか? この世の常識なんてわからないものさ」
というところであろう。
最初は道を説き、人の高貴なることを説きつつ、自己を高めよと無難に誘導し、やがて過激化していった。

とはいえしかし、今の天照大御神がどうこうとかパワースポットとかいうのも、あまりそれと変わらないが・・・。
また一途に信じますか?
検証の不可能なものを?

現代でも多少風変わりなサイトやブログに多くの人が集まっています。
上のランキングをみるとわかる。
人類ってのは大変であり、生きるってのも大変である。
今の日本をもう一度考え直し、作り直そう。

オウム真理党

在日利権

イルミナティ

以上3つは全部同じです。信じるか信じないか。信じるなら抜け出せない。
それは反証不能な世界だから。たとえば、だれもUFOや霊憑依の不存在を立証することはできない。

三浦瑠璃子

この政治学者の三浦瑠璃氏も北朝鮮の工作員について語っていたが、いるかもしれないし、いるような気もするが
「あなたこそがその工作員であり、陰で日本を操る陰謀組織の構成員だな?」といわれたら、この方はどう感じるのだろうか?

少しランキングを拝見。元財務官僚の実務経験からほとばしる丁寧な力説はさすがにジャンル別上位にあり、2位。
では1位はどんなに凄いのか? と開いてみたら“世界征服組織による世界経済破壊の陰謀”の話だった。

オウムも陰謀論を唱えていたはず。人とははそういうもの。

こうしたリベラルの隙間によって、常識と良識の基準が失われた日本では、思想的排外的国粋主義が時とともにどんどん過激になっていく。
今や、「自己責任」の名のもとに弱者を叩くことが、ある人にとっては当然のスタンダードなのである。

                                            ~リベラルの風~ 
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ブラジルが負けた! そして日本の勝つ道は?

ところでサッカーは日本が敗退した今となっては、通常モードに切り替えて、少年のころからのひいきチームの
ブラジルを応援する。

そんな話はいい。

ブラジルとベルギーの闘い。
ブラジルの攻撃は面白い。特に攻撃陣は毎回華麗なタレントをそろえ、とてもリズミカルで美しい。
負けるときは鮮やかに攻めながら点が入らず、流れで全体が上がり過ぎたスキを突かれて失点して負ける。
しかし今回はディフェンスも強いので、優勝できるのではないか?
かつて日本代表の司令塔だったラモス瑠偉氏はなぜ日本に来たのかと聞かれ、

ブラジルには自分よりうまい選手が何万人もいる。日本に来れば一番うまいのではないかと来日を決めた」

少し大げさはあったにせよ、それはそんな感じなのかもしれない。

サッカーのディフェンスには才能は要らない。必要なのは幼少期に培われたリズム感や華麗さではなく、もう少し基本的なスキルであり、くわえて実直さであり、それは日本人でも充分、世界に到達できる。



だから日本はこう考えるべきであろう。
「負けなければ勝てる」

これが才能に劣る集団が掲げるべき黄金法則。
ただ香川真司選手のように、急加速しながら技でかわしつつ、隙を作り、相手の陣形を崩しながらパスをできるような選手を見て、少し目を見張る思いはしている。もちろん素晴らしいのは彼だけではない。

ところで偶然のオウンゴール。そして攻撃中のカウンターという、負けるときのいつものパターンで前半終了。
ブラジル0-2ベルギー。
ベルギーのディフェンスは日本相手に2失点したにもかかわらず、固く強い。ブラジルに攻められれば、自然に引き気味になる。結果、ゴールエリアに敵ディフェンダーが7人と集まればサッカーという競技は点が入らない。

ネイマール

観戦しつつ、私が前から思っていて、あまり人が言っていないことを書くと・・・。
それは今見ている試合のことではなく、サッカーの一般論。
みんなサッカーはディフェンダーから始めたらどうか?

ディフェンダーを経験すると、どんな攻撃をされたら気味が悪いかよくわかる。
予想もしていないことをされるのが最も気味が悪い。


最初ディフェンダーをしていたが、気味の悪い少年が地域の他校に3人いた。
中学でみなが私を止められなくなったのは、私が彼ら3人の真似をして独自なアレンジを加えたからである。

低いレベルの話ではある。高いレベルの高校に入れば私はベンチにも入れないだろうから、
ワールドカップを見ながらの話としては低い。

だがレベルの高い人たちは高い人たちなりに、この言葉が教訓になると信じている。

惜しい! ネイマール!
負けた。
ベルギーは強かったですね。
日本の強さが際立ったともいえるか。

ベルギーの赤いユニフォームのディフェンス陣。ゴール前は常に統制が取れ、赤がびっしり。
攻撃時間は常にブラジルが多く、しかし負けた。
ああ、何回か見た風景だがこれがサッカーである。
サッカーでは負けたけど、でも女性の魅力はブラジルが勝っていたな。

ブラジル女

この記事はリベラリズムと関係あるのか? ともかくラテン女性は陽気で優しい。

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サムライ魂といびつな武士道の歴史考察

小学生からサッカー部のサッカー好きとしてW杯を楽しく応援していた。
小学校4年からやっており、中3の頃にはサッカー部顧問に褒められる程度ではあったが、そんな話はどうでもいい。

ましてスポーツに政治思想は関係ないのでブログの初記事としては違う切り口から入る。
この際は愛国とか関係なく、こういう時は狭い心で敵である外国をののしり、日本を応援する。
するのです、というか自然としてしまう。

そういうわけで楽しく観戦した。コロンビアに勝ち、セネガルに引き分けた時、まさかと・・・。
これは思いもよらぬことになった!とポーランド戦を見ていたが・・・、

そう。その話題。

終了間際、大ブーイングの中で行われた、長くも果てしない時間稼ぎの後方への逃げ回るパス回し。
あれを是とするか非とするかで世は二分されたが

肯定派は「ルールの範囲内」 「ドーハの悲劇を経て日本の戦略は成熟した」
否定派は「卑怯である」 「サムライの精神にもとる日本の恥晒し」


個人的な意見を申しますと、そして人は記録より印象が記憶に残る。
世界に対しては、これ以上ないほどの最悪な印象であろう。

スポーツは政治や戦争と違うものだと考えたい。

つまり、あらゆる不正や不平等にあふれている世の中にあって、スポーツだけは違うものだと思いたい。

ラグビーの話をしましょうか? たとえばボールを奪い合う密集において、絶対の勝ちにこだわるならば、こうすればよい。
つまり相手の主力の頭部なりを偶然を装いつつ踏んだり蹴飛ばしたりして退場させればよい。
これもルールの範囲内。


そんな話は聞いたことがない。

ただし、それらと同列にあのパス回しを言うのも酷ではあるかな?
というのも、ああいう時間つぶしは昔はよく行われていたからである。

しかし世界的流れとして、最近は大分フェアプレーにうるさくなり、汚いとされるプレーへの批判は高まっている。
フェアプレーポイントなんて昔は無かった。
そして、その今と言うときに、あの後方へのパス回しが行われた。
世界の日本のチームを見る目は冷たい。
世界の報道は日本批判一色となった。

あと否定派から出ているサムライ云々。

サムライって何?
正々堂々と、実利より礼と義と名誉を重んじる誇り高き戦士?


武士道などというものは江戸期の半ば不労所得をむさぼっていた、泰平の世にあって、闘わないにもかかわらず、刀を手放そうとしない、虚構である。

本当に武将が強かったのは戦国時代。
この時の武将は、平時は田畑を耕し、戦争になると武器を取って戦う半分お百姓さん。

だから“兵糧攻め”とか“水攻め”とか卑怯極まりない。今に伝わる武士道精神はかけらもない。
そして卑怯の極致と言ってもいいのが、“刈り働き”“焼き働き”と呼ばれたものである。

攻め込む予定の敵地に、攻め込む前に、収穫直前の田畑を、カラスを追い払う案山子しかいないその田畑を、夜陰に紛れて襲う。
焼いたり刈り取ったりして逃げる。これをやられると敵は戦う前に実にやる気を無くす・・・。そりゃ無くしますわな。
そんなことまですれば勝つかもしれませんが、今に伝わる武士道精神はそこにはない。

ただし戦国期の日本は世界最新の鉄砲の装備率も高く、豊臣秀吉などが世界を手中にした無敵艦隊を率いるスペインのフェリーペ二世を小馬鹿にした書状を送るほどに強かった。
もしスペイン軍が日本に上陸したら、何をするかわからない国民皆兵の戦国武士たちにやられたであろう。

最強の何でもありジャパン!

そういう言い方も無いが、それが当たり前の時代ならそうするほかないが、それはそれとして、それなら強そうである。
生涯無敗の宮本武蔵もかなり卑怯とはいえよう。

では“サムライ云々”という武士道とはどこから来たのか?
言い出したのは幕末の万延元年の山岡鉄舟。しかし当時の人はそんな言葉はあまり知らず、武士は公務員のような事務仕事をしながら、しかしなぜか帯刀している人たち。

無敵の江戸旗本八万騎などといいながら兵力に劣る薩摩や長州の半分お百姓さんが入った軍に逃げまどい、押され、ついに無血降伏したのが武士道の体現者であるはずの、儒教に詳しい江戸の武士。

では強くて人間としても徳の高い武士はいないのか?
それは『武士道』を著した新渡戸稲造の理想像の中にのみあった。

この『武士道』は英訳を目的とされたことに注意。それは当時の時代背景として、世界の認識として
「宗教の無い国は未開の蛮族」
という西欧の常識があった。

当時の日本には、残念ながらそういうものがなく、(神道のようなアニミズムやシャーマニズム宗教は蛮族の特徴とみなされた)
このままではその未開人のように思われてしまうとの彼の危機感から、『武士道』は書き下ろされ、翻訳され、日本国民はこのような格調高い高貴な民族であると吹聴したのである。

新渡戸 武士道

“武士道”なるすべては新渡戸稲造の「ウソ」と言えばそうも言えるし、控えめに言っても「大げさ」「紛らわしい」

その程度のものだから、サッカーであれ野球であれ、「ジャパン」などといわれると、私は負けそうな弱々しい感じを持ってしまう。
その武士道の歴史を考えると弱々しく思うというより、そんな人間離れした気高くも強い、歴史には存在しないサムライなるものになろうとしたら、選手が逆に固くなりはしないかと心配になるのである。

サッカーの話から武士道の話になった。
武士道。素晴らしい。誰かが個人的に武士道の道を邁進しても一向にかまわない。
ただ日本国民は古来より武士道の精神で生きて来たという話しにはのりたくない。

最後にウィキペディアAから武士道に関する主な記述を紹介、転載する。

明治時代以降の武士道の解釈

明治維新後、四民平等布告により、社会制度的な家制度が解体され、武士は事実上滅び去った。実際、明治15年(1882年)の
「軍人勅諭」では、武士道ではなく「忠節」を以って天皇に仕えることとされた。ところが、日清戦争以降評価されるようになる。
例えば井上哲次郎に代表される国家主義者たちは武士道を日本民族の道徳、国民道徳と同一視しようとした。

新渡戸はキリスト教徒の多いアメリカの現実(人種差別など)に衝撃を受け、同時にキリスト者の倫理観の高さに感銘を受けた。
新渡戸は近代において人間が陥りやすい根っこにある個人主義に対して、封建時代の武士は(封建)社会全体への義務を負う
存在として己を認識していたことを指摘している。無論これは新渡戸の考えである。
同時に新渡戸にとって武士は国際社会において国民一人一人が社会全体への義務を負うように教育されていると説明するのに最適のモデルであったとするのが今日の一般的な見方である。
そのため彼の考えを正当とされるよりも、批判がなされることもあった。

新渡戸を含めたものたちにとって日本の精神的土壌をどのように捉えるかは大きなテーマであり武士道はその内の検証の一つとされている。正宗白鳥は短編の評論『内村鑑三』(昭和25年(1950年))の中で、自分の青年期に出会った内村を心の琴線に触れる部分はあったが概してその「武士道」の根太さが大時代な分だけ醒めた視線で見ていたと率直に表現している。

※右翼界隈の方は古くは三島由紀夫、そして江藤淳氏、西部邁氏とよく自殺されるが、面白くその話しを聞く耳を持っている私としてはいささか残念に思う。

ところでサッカーは日本が敗退した今となっては、通常モードに切り替えて、少年のころからのひいきチームの
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プロフィール

keita

Author:keita
メディア、コンサルト会社勤務を経て独立。
執筆ば大手雑誌や小さな新聞にペンネームで記事をたまに。

じっくりと歴史や政治経済のあるべき姿を丁寧に書いていきます。
更新不定期。

過去に10,000部弱の人気メルマガとなったネタもたまに掲載予定。メディア、コンサルタントの視線からもう一度日本の原点回帰の土台になりたいと考えます。

趣味と実益を兼ねたブログにしたいところでしたが、調べると実益はないらしい。

「俺の言ったとおりだろ?」とこのブログを証拠としたい。つまり趣味。

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